untitled

恐怖心と意地だけが お前と僕を繋いでるのなら

多分罪深さで僕は動けなくなってしまうから

あすみのブログを参考にした笑 

初恋の嵐のuntitledって歌、曲から入って歌詞を読んでみたらめちゃめちゃに心を動かされた。

軽い気持ちで誰かにしたこと、続けてきた関係が時間とともに大きな意味を持って、精神的な重荷になってしまうこと。相手を一気につき離すこともできないという無意味な優しさが捨てられなくて、もう神様に祈るくらいの勢いで、この人私のこと突然嫌いになってくれないかな?って願う愚かしさ。自分のしたことは、いつだって赦されたい。悪くないよ、仕方ないよって嘘でもいいから言ってほしい。よく考えたら誰に?って感じなんだけど。実は1番相手を傷つけてるんだよね、その間に。自分が知らないうちに。対恋人にも、友人にも、家族にも、全てに当てはまるような普遍的な歌詞だと思う。

この話に関連して、最近懐かしい手紙がでてきた。それを読んだら頭にパンチを食らった。3年前の私は働き始めたり辞めたりフラれたり荒れたり働き始めたり色々あった中で、所詮自分は自分でひとはひとっていうことを周りにも自らにも言い聞かせていた。それを彼女は誰よりも早く見抜いていたし、そんな私をずっと隣で見ていた彼女は、それでも自分は人と人とのつながりを信じたいし、私を愛していると書いていた。私が彼女にしてやれたことはなんにもないのに、一緒に居られるだけで幸せと書いてあった。

その後の自分といえば全くその思いに報いることができなかったし、むしろそれに唾を吐くようなことをした。

酔ったら、今でも気がつくとこの話をしてしまう時がある。こんなことをここに書いても、酒を飲んでぼやいても何も変わらないけど、きっと私は赦しがほしいんだろうな。痛い目にあわず、のうのうと生きて、幸せです。ちゃんとした人間です。っていう笑える程下らない尺度の社会的地位を手に入れてもなお、赦されたいなと願うのは傲慢だし醜悪だ。

でも、自分の気持ちに嘘はつけないし、つきたくない。私が彼女に言ったこと、今それを後悔していること。そして、untitledを聞いて彼女や私が今まで傷つけてきたであろう人々を思い出したこと。どれもどこにも放っていかないで、心の中に持っておこう。

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知ってもらえているという状態をかなり甘く見ていた。だから、井戸端会議は得意でなく、ものごとの途中経過について大抵の場合は会話に必要ないと思っていたし、何かあったら報告してくるタイプの人はしんどいからゆっくり距離をおいてた。

そんなことではなにかしらのネガティヴ要素(病状や現状など)は軽くならないからだ。人に話して小さくなる腫瘍があるか?という話だ。自分が納得できる状態に物事を持っていくまで心身は正常な状態になることができないと思っていた。

 

↓最近教えてもらった技

うんこ

 

全ての人に申し訳ない。今まで冷たくしてゴメンね、意外にそうでもないらしい。同じ組織に、私のダメな部分を知っていて、それを拒絶しない人がいるというのはかなり心強い。泣きそうなくらいありがたい。私が何も良くならなくても、私の立ってる地面が固くなったような力強い気持ちになる。

特定されたくないから詳しく書かないけど、もう少し今の会社で頑張る。

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自分の中の解決しない部分を友達に愚痴るんじゃなくて、本人にちゃんとつたえるフェーズに入ってる。仕事とか、生活の面で色々。

1人で苦しむことは美徳じゃないかなって。敢えて一切伝えないのか、取り返しのつかないくらい伝えてしまうか、2択しかとれない。(伝えないというのは、諦めであり、なるべくしたくない。)

私がずっと私をやり、私1人で終わらせていくだけの人生を、いったい誰に遠慮し、重たいものに留めておく必要があるんだろう。私の我慢で成立する幸せは幸せとは絶対に言えない。公共の福祉など無い。私は国家では無い。

いま伝えて、取り返しのつかなくしてしまったことは、いずれ何もせんでも取り返しのつかなくなることなんじゃないの?どうせ。

明日死ぬわけでもないのに清算したいものがたくさんある。多分春が来るからだと思う。

最近1人の時は はやく半袖で外を、お酒でも持って歩いて、みんなとたくさん笑いたいなって考える。地面に寝っ転がりたい。なまあたたかい空気を吸いたい。とか考える。きっとこれは、純粋にそうしたいっていうよりも、そういったことを心から楽しめる精神状態になりたいなという願望の表れでもあるだろう。

とにかく春が来て、あったかくなるというのは北国育ちの私からしたら全てのスタートだ。棺桶の中で、じっとその時を待ってる。待ち遠しいことだ。

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引っ越したので、今日から新しい精神科に行った。

話を聞くだけの人形みたいなおっさんの先生。眠いからなにか効く薬はないのか?とどんなに言っても暖簾に腕押し。まただ。今まで三軒ほどの精神科に行って、居眠りが辛いと言ってきたが、だれも取り合ってくれない。

毎日毎日居眠りして、マウス机に叩きつけて、なんだこいつって目で見られてる。小学生の頃からずっとそうだ。色んな人に怒られて、呆れられて、社会人になって病院に行けって大人に言われた。

病院に行ったら行ったで、だれも私が眠たいのを治してくれない。その上私のことを発達障害と言って薬漬けにする。お前らがくれた青い薬で私は何にも治ってない。

なぜ眠たいのを治してくれないんだ?落ち着きがなくても、衝動がすごかったとしても、そうやって生きてきたんだから、それを矯正しに病院に行こうなんて思ってなかった。然るべきところで、眠たくならなければ良くて、それだけが悩みって言ってるのに。なんで他のダメなところを突っついてぐちゃぐちゃにして誤魔化そうとするの?

お前らに私のなにがわかんの?私の脳みそを治そうなんておこがましいこと考えるな。カウンセリングなんてアホみたいな時間では何も変わんねーよ。話聞いてもらって治るような病気なら高い金払って来ねえよ、カス。わかってくれなくていいから薬出してくれよ。治してくれよ。早く覚醒剤の処方箋出してくれよ。精神医療なんてクソ喰らえ。死んじまえ。

もう座って居眠りしちゃう仕事辞めたいから来週上司に辞めるって言うんだ。おしまい。

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先週は生理痛で休み、今週は風邪をひいて休んだ。全然仕事に行けてない。おまけに薬を飲んだらすっかり良くなってしまった。こうしてひとりの時間がわたしの前にだらしなく横たわっている状態に変化する。怖い。もったいない。今日と金曜は飲み会の予定があった。行きたかった。

最近、元々あった人間と話したい欲求が更にすごくなって、(職場でも家でも同じ人間と同じような話しかしないせいか?)ものすごく色んな人と会いたくなる。文化的な生活の話、生活の疑問、下ネタ、悪口、傷の舐め合い、思い出の反芻。何でもいいからできるだけ色んな人と色んな話をしたいのだ。どうでもいい言葉遊びをしたいし、天丼で中身がなくても笑いたい。会話をしたくてしかたない。

何故か近頃は色んな人がそれに呼応するように誘いをかけてくれる。ありがたいけど お金は無くなるし、結婚してるのにとか口うるさく言ってくる人のせいで、自分でも罪悪感はおぼえる。だけど強迫観念には勝てない。自分の中にドブ水みたいなのがたくさん溜まってて、それを友達っていうでかくでキレイな川に流しまくらないといけないという感じだ。申し訳ないがこれは自傷行為であり、自慰行為で、自分勝手だ。1人でふつふつと何かを考え続けることは、絶対に良くないという強迫観念からきている。私は早く遊び以外のアウトプットを見つけないとと思う。焦る。そして、身体が焦燥感に着いて行けなくてすぐダメになってしまう。

体を病んでも心を病んでも、1人ぼっちでも誰かといても日が暮れてしまう。でも1人で寝室で迎える無駄な夜は格別に怖い。新しい寝室は窓が枕の上に正方形であって、水色の正方形からオレンジの正方形になって、最終的に鈍色になって暮れる。今日も気がついたらもう真っ暗になってしまった。どんな絵画よりも日常的で怖い。時間においていかれた自分があわれで仕方なく、生きてる価値なんてどこにもないような気がしてくる。

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渋谷の映画館でマイジェネレーションという映画を見た。60年代のイギリスを振り返る的なやつで 何のことはない、知ってる内容を反芻するだけの映画。

60年弱も前のことを輝かしく思えるのは、そういった映画がいまだに収益を見込まれて作られるわけは、今の私たちになにもないからだろうかと思った。

私は2010年には18歳で、2020年には28歳。2010年代と青春やその終わりを共にしてきたけど、特に時代に対する愛着はない。主体的に行動をして、何かを作った人だけがきっとこの2010年代を愛しているんだろう。何かして、発表して、有名になることに対する垣根が随分と低くなった時代だったから。

去年の秋にSUNNYという映画を見た。こちらは普通のおばさんたちが90年代に女子高生だった自分を懐古しつつ今を生きる…という映画で、彼女たちは当時特別なことをしてたわけじゃない。ロックバンドで有名になるわけでもなく、YouTuberになってバズったわけでもない。ただ彼女たちはルーズソックスを履いて、安室ちゃんを歌って、時代の波に受動的に乗っかっていただけである。それでも彼女たちは大人になっても90年代を愛していた。そこが大きく私たちと違うなと思った。

60年代のスウィンギング・ロンドン、90年代のコギャル文化、別に結びつけたいわけじゃないけど、普通の人でも自分の人生をいつまでも愛せるようなトリガーが欲しかった。味のなくならないガムみたいに、永遠に咀嚼できる素敵な時代が欲しかった。

以上何もしてこなかった人の恨み言でした。

 

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3連休

1日目

前住んでいた場所にあるかかりつけの病院に行って、診断書をもらい、転院の準備。ADHDを取り扱っているところは少ないらしい。通うのは月1だし、転院しなくてもいいかもしれない。

後輩と待ち合わせて1軒目。

新宿に行って2軒目。

みんな大好きだから嬉しくて調子乗ってしまい、更に知らない人の日本酒とかもらったりしてなんか暴れてしまった。

帰りに酔いすぎて違う駅で降りてた。2019年も変わらずという感じだった。

 

2日目

2日酔い。吐き気を抑えながら朝から脱毛へ。

脱毛されているとなんでこんなお尻の穴まで知らない女の人に見せているんだというシュールな体験ができる。

その後結婚式場でドレスの打ち合わせ。こだわりが無いので、シンプルなものでなんなく決まった。

夜はチャリで阿佐ヶ谷に行き友達とカラオケに行ってから飲んだ。飲んだ後のカラオケは、声がカスカスになるからこの順番もっと広めたい。

18歳からの友達から話していると、今まで色んなことがありすぎて過去の話と現在の話の比重を勝手に気にしてしまう。相手のことを知りたいからどっちも半々くらいにしたいけどどうしても思い出に浸ってしまいがち。

 

3日目

鎌倉に行ってまでカオマンガイを食べる。謎だし残した。おみくじを引く。末吉。病のところに 手遅れになる って書いてあっていやな気分に。

なぜ鎌倉に来たのかというと結婚指輪を手作りできる場所があったから。都内にもあるけどw不器用で工作はからっきしなので、かなりやり直し、優しいけどスパルタのお姉さんにダメ出しくらいまくり、何とか完成した。写真とか動画とかやたら撮られて、消費者全員が商品プラスアルファでインスタ映えコンテンツを欲しがってると思うなよ、選択肢をくれよとは思ったけど。かなり安く済んだし、出来上がりが楽しみ!

 

会社が今パンデミック。隣の人もインフル感染。予防接種をしてない私はかなりやばいんですが三連休無事に終わってよかったです。

おしまい